周術期の血糖管理

周術期の血糖管理

【はじめに】
外科的侵襲が加わることにより交感神経系が賦活化され、エピネフリン、グルカゴン、コルチゾル、成長ホルモンなどが放出される。 これらは抗インスリン作用を持つと共に末梢性のインスリン抵抗性の亢進を生じ、 外科的糖尿病と呼ばれる高血糖状態を引き起こしやすくなり、 特に糖尿病患者では症状が増悪することが多い。そのため周術期を通して厳格な血糖コントロールが必要となる。


【日本のDM患者事情…】
日本でのDM患者は700万人ともいわれており40歳以上の10人に1人はDMであると考えられている。したがって手術を受ける患者においてもかなり 高頻度にDM患者や境界型の患者がいることが予想されるため、耐糖能異常を指摘されていない患者でも耐糖能異常の存在は否定できない。 糖尿病患者はもちろん未発症の境界型の患者においても手術によるストレス、ブドウ糖の静脈内投与により高血糖が誘発され、新たにDMを発症する 可能性があるためDMに準じた管理が必要である。


【手術侵襲とインスリン抵抗性】
インスリンが十分あるのに利用されず血糖値が高くなる状態をインスリン抵抗性があると呼ばれる。 インスリン抵抗性は、肥満者に多く、体の各細胞はインスリンの働きに鈍感になってブドウ糖を利用せず、利用されなくなったブドウ糖は脂肪の 合成に使用され悪循環に陥る。手術侵襲によりインスリン抵抗性が惹起され外科的糖尿病と言われる状態を作り出すが、この場合ももちろん 血糖値が高くても糖の利用は抑えられており、むしろ筋肉由来のタンパクが分解され、糖新生に使用されている。つまり侵襲時には糖を得るために 筋肉の分解が進んでいるということになる。このインスリン抵抗性はストレスにより生じる。そのため硬膜外麻酔により痛みを脊髄レベルでブロックすれば インスリン抵抗性も抑えられることが示されている1


【周術期高血糖の問題点】

  • 免疫能の低下に加えて、喀痰・尿中などのブドウ糖濃度も高くなり、気道・尿路感染のリスクが増大する。
  • 浸透圧利尿が亢進し循環血漿量の低下が生じやすい。
  • 著名に進行すると高浸透圧性の昏睡を生じる可能性がある。
  • 高血糖下では虚血時における脳障害が増幅される。

【術中輸液に糖は必要か?】
外科的糖尿病下では血糖値をコントロールしても実際に利用されなければ意味がないということがわかったが、術中の血糖は高いので糖は必要ないという 考えもあり2意見は分かれている。しかし、手術中に糖を与えた群と与えなかった群ではタンパク合成、分解を みた報告では血糖値が高くても糖を与えた群では糖新生が少なかったという報告3があり、術中の糖の投与は血 糖値を上昇させているだけでなく一部は利用され、タンパクの異化を防いでいると考えられている。そのためストレスによる影響以上の血糖上昇がもた らされない程度の血糖を投与することは生体にとって有利に働くと考えられる。ただし血糖値の正確なコントロールが予後に大きな差をもたらすという 報告4もあり血糖値を必要以上に上げるようなブドウ糖投与は控えたほうがよいと考えられる。投与量としては 0.4g/kg/hrを超えない糖負荷が上限といわれているが、図5に見られるように実際は0.1~0.2g/kg/hrがさほど 血糖値も上がらず、投与量と消費量がつりあう程度と推察される。


【周術期血糖コントロール目標】

1.術前

  • 空腹時血糖値:80~140mg/dl
  • 一日尿糖:  10g以下
  • 尿中ケトン体:陰性
  • 低血糖を避ける

2.術中

  • 血糖値:目標値150~200mg/dl
  • ブドウ糖投与速度:0.1~0.2g/kg/hr
  • 尿中ケトン体:陰性
  • 血清電解質、特にカリウム値に注意する。
  • インスリン:ヒューマリンR 0.5~1.0IU/hrまたはブドウ糖5gにつきヒューマリンR1~2IU
    参考)Portlandグループは心臓手術中からインスリンの持続静注を開始し、インスリン皮下注と比べて、 死亡率を60%近く減少させることが出来たと報告している。6プロトコルは別図。

3.術後(集中治療)

  • 従来は、鎮静下の低血糖をおそれ200mg/dl程度の高血糖を容認してきた。しかし、集中治療室の患者に強化インスリン療法を適用し、 血糖値を80~110mg/dlの範囲を目標にしたところ従来の血糖コントロールと比較して死亡率、敗血症、血行路感染、輸血や透析の必要性、 人工呼吸期間、集中治療室在室日数などを改善したという報告がある78

【血糖コントロールの例】
血糖の管理が著しく悪い患者では、緊急性のない手術は延期し、血糖値の改善、全身の代謝状態の改善を図り、脱水の補正も行う。


<2型糖尿病患者の血糖管理>

  • 食事療法のみの患者
    基本的には追加治療の必要性はなし。ただし食前血糖>200mg/dlの場合はインスリンを投与する。
  • 経口血糖降下薬を内服中の患者
    手術の前日には投与を中止し、手術当日は服用しない。術中、術後はインスリンによる血糖管理を行い、 確実に食事の摂取が出来るようになるまでは内服を再開しない。グリクラミド(ダオニオコン)グリクラジド(グリミクロン) などの比較的長時間作用のSU薬は、薬効が2~3日継続することがあり、手術2~3日前よりインスリン注射に切り替えることも考慮する。 ただし、①空腹時血糖150mg/dl、②食後2時間値150~200 mg/dl、一日尿糖10g以下または摂取量の10%以下、④尿中ケトン体(‐)をみたさない ケースは術前よりインスリンに切り替える必要性がある。
  • インスリン注射を行っている患者
    原則としてグルコースの点滴静注とともに、速効性インスリンの静脈投与を行う。初期投与量の例としては ①手術前夜より5%ブドウ糖溶液を毎時50mlで開始。②インスリンを、血糖値(mg/dl)/150units/ hrで投与する。 ③血糖値が100~200mg/dlになるようインスリン投与量を調節する。
    大量の中間型インスリンを注射している患者で、侵襲が著しく大きい手術でない場合は、術前に普段の 早朝インスリン注射量の半分程度を皮下注し、血糖を見ながら速効性インスリンの投与を行う。

<1型糖尿病患者の血糖管理>
インスリンの絶対的欠乏が病態にありインスリン注射が不可欠。不十分なインスリン投与はケトアシドーシスを引き起こす。 普段の中間型インスリン量の半量を手術当日朝と術後の2回に分けて投与し、血糖をチェックしながら、速効型インスリンを 追加する方法で経口摂取まで血糖管理をする。


【参考文献】

  • 1野村秀明ほか:代謝管理と合併症Ⅴ糖代謝.日本臨床 増刊号2001;59:373‐9.
  • 2吉川恵次:侵襲時の代謝と栄養.Emergency Nursing1995;8:506-11.
  • 3Lattermann R,Carli F,Wykes L,et al.Perioperative glucose infusion and the catabolic response to surgery:The effect of epidural block.Anesth Analg2003;96:555-26.
  • 4Schrincker T,Lattermann R,Carli F. Intraoperative protein sparing with glucose.J Appl Physiol 2005;99:898-901.
  • 5Kamuro H, Kodaira H, Abe S,et al. experimental study of efficiency and optimal dose of intraoperative glucose in rabbits under general anesthesia. J Anesth 1996; 10: 140-3.
  • 6Furnary AP,Wu YXBookin SO:Effect of hyperglycemia and continuous intravenous insulin infusions on outcome of cardiac surgical procedures:The Portland diabetic project.Endocr Pract 2004;10(S2):21-33
  • 7Van den Berghe G, Wounters P, Weekers F, et al. Intensive insulin therapy in the critically ill patients. N Engl J Med2001; 345: 1359-67.
  • 8Van den Berghe G, Wilmer A, Hermans G, et al. Intensive Insulin Therapy in the Medical ICU.The N Eng J M 2006;354:449-461.

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