「種の保存」という生命の重要な本能行動は脳の神経系、および神経内分泌系と呼ばれる仕組みによって調節されます。この仕組みが成熟し、十分な機能として発現すると生殖に関わる精巣や卵巣といった生殖器官が反応し、生殖活動を開始することが出来ます。つまり、我々の「種の保存」は脳の活動によって制御されるといっても過言ではありません。この機能が働き始めると男性では生殖器官の発達、筋力の増加、甲状軟骨の発達による音声の変化(俗に言う喉仏の発達と声変わりです)、女性では丸みを持った女性らしい体型の構築、月経の始まり(初潮)などの変化がおこる、“第二次性徴”が起こります。この時期をはさんだ、性成熟過程を「思春期(puberty)」といいます。WHO、世界保健機構が掲げる「思春期」の定義は以下のようになっています。

 

 ・二次性徴が始まり、性成熟が完成するまでの段階

 ・子供から大人に向かって発達する心理的プロセス

 ・自己認識パターンの段階確立

 ・社会経済上の相対的な依存状態から完全自立までの過渡期           

 

 このように、生殖科学的な内容ばかりでなく、心理的、精神的な事象をも含んで「思春期」を捉えているところに、大きな意味があります。生殖に関わる神経活動は、単に生殖といった問題だけでなく、私たちの感情や欲望といった情動的、精神的な問題とも深く関わります。つまり、そういった高次精神活動を制御する神経制御機構とも連絡する可能性が高く、様々な因子が関わることが想定されます。これらの複雑な因子の相互作用を丹念に解析することによって「種の保存」という、生物にとって極めて重要な生存維持の仕組みを理解することが出来ると考えています。

 「性」に関わる神経および神経内分泌機構には、「食」すなわちエネルギー代謝調節に関わる神経制御機構が深く関わる可能性があります。思春期を迎える、まさに発育過程にある少年少女が、激しいダイエット等で栄養状態のバランスが崩れると、正常な思春期を迎えることが出来なくなる可能性が高まります。この様な時には、大きなストレスが加わり、その結果、精神的な障害が生じることも多々あります。これらの不安定な状況が生じる背景には男女差があることも報告されており、これらの神経系、神経内分泌系制御機構に性ホルモンが関係する可能性も考えられています。

 私たちの研究室では、これらの脳の仕組みを、形態科学的、分子細胞学的、電気生理学的、超微細構造科学的に解析し、その基礎的なデータが、小児発達学、精神神経医学、婦人生殖医学などの臨床医学の現場に、また学校保健などの社会に還元することが出来ることを目標に、研究活動を展開しています。

 

【具体的な研究内容】

1) 思春期発現とエネルギー代謝調節の連動に関する神経学的、神経内分泌学的解析:思春期発現には視床下部領域のGnRHgonadotropin-releasing hormone ; 性腺刺激ホルモン放出ホルモン)ニューロンの機能発現が重要な因子となりますが、GnRHニューロンの機能発現には様々な因子が関わることが報告されており、特に近年、エネルギー代謝調節機構との関連にも注目が集まっています。そこで、摂食制御やエネルギー代謝調節に関わる神経機構とGnRHの機能発現の相関関係について形態科学的に解析を進めるプロジェクトを開始しています。また、これまでに研究を重ねてきた脳内GnRHニューロンの機能とその起源の解明に関する研究展開も進めています。

2) GnRHニューロンの機能制御に関わる神経因子の解析GnRHニューロンが思春期の前後に活発に機能発現を起こす因子には、エネルギー代謝調節系、GABA系・Glutamate系などの神経伝達物質の関わり、そして近年新しく発見されたKisspeptinという生理活性ペプチドもGnRHニューロンに大きな影響を与えていることが知られるようになってきました。これらの因子の思春期前後における変動とそれに対するGnRHニューロンの反応やニューロンの形態変化などについて、多重標識蛍光免疫染色法、in situ hybridization法、遺伝子組み換え技術などを駆使して解析します。

3)摂食制御神経ネットワークの構築とステロイドホルモンの影響について:視床下部領域には摂食制御に関わる神経細胞が多数存在し、それぞれの神経細胞間で複雑なコミュニケーションを構成することが細かく解明されつつあります。これらの神経細胞のネットワークを三次元的に解析し、制御機構に関わる神経細胞の形態変化、機能発現について解析します。さらに、これらの神経ネットワークにglucocorticoidsなどの副腎皮質ホルモンやestrogenなどの性ホルモンがどのように関与するかについて、これらの受容体タンパク発現細胞との関連より解析しています。こういった基礎的研究を通して摂食障害と神経制御機構の関連の解析を目指しています。

4)摂食制御神経ネットワークとストレス応答系とのクロストークについて:摂食制御に関わる視床下部神経系や性機能調節に関わる神経系の一部は、室傍核のCRH (corticotropin-releasing hormone;副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)ニューロンと直接のコンタクトを有することが解明されてきました。私たちは、摂食の制御がストレス誘導あるいはストレス緩和にどのような機序で関わるかについて、神経形態学的アプローチによって解明することを目指しています。さらに、この複雑なクロストークが視床下部にフィードバックされ、神経内分泌学的調節機構に反映して、ホルモンバランス調節の上でどのような影響を及ぼすかについて研究展開を目指しています。

5) 神経グリア相互作用連関の解析:神経系を構成する要素は、神経細胞(ニューロン)と神経膠細胞(グリア)、それに多数の血管からなります。グリア細胞、特に星状膠細胞(アストログリア)は血液脳関門を構成する細胞でもあり、また神経細胞の支持、栄養に関わる細胞としても重要な働きをこなしていることが知られています。最近では、単なる支持、栄養細胞としての働きだけでなく、より積極的なニューロンへの働きかけがあり、ニューロンの機能制御に直接的に関わっている可能性も示唆されています。そこで、上記の生殖神経内分泌に関わるGnRHニューロンの機能制御にグリア細胞がどのように関わるのかを組織細胞化学の観点から解析しています。

  一方、脳の中では水の代謝が重要な仕組みにもなります。脳における水の代謝がうまくいかないと、脳が腫れた状態、いわゆる脳浮腫が生じてきます。こういった水の代謝には水チャネルと呼ばれる仕組みが働いて制御しています。この水チャネルに関わるアクアポリン aquaporinの脳における発現、機能制御についても研究し、脳内の水代謝調節機構にも関心を寄せています。

【研究室で用いられる主な研究方法】

 免疫組織化学、多重標識蛍光免疫染色法、in situ hybridization法、電子顕微鏡法、
 超高圧電子顕微鏡法、組織・細胞培養、
Immunoblotting法、PT-PCR法など

 

【共同研究機関】

 大阪大学超高圧電子顕微鏡センター、早稲田大学、京都府立医科大学、東北大学医学部、群馬大学医学部、独立行政法人自然研究機構生理学研究所、独立行政法人放射線医学総合研究所分子イメージング研究グループなどとも共同研究を行い、研究の展開が広がるよう努力しています。

本文へジャンプ 研究内容:

  性、食、ストレスの神経・神経内分泌クロストークの
  分子機能形態科学

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