クモ膜下出血と脳動脈瘤

クモ膜下出血と脳動脈瘤の治療について
(くもまくかしゅっけつ、のうどうみゃくりゅう)
Subarachnoid hemorrhage / Cerebral aneurysm

クモ膜下出血

脳動脈瘤という脳の動脈にできたコブ(なぜできるのかはいまだ不明ですが)が破れて起こる病気です。危険因子としては、喫煙、大量飲酒(1週間に150g以上のアルコール)、高血圧、家族歴(血縁者にクモ膜下出血を起こした人がいる)などがあります。

クモ膜下出血によって急激に頭の中の圧力が上がると脳への血液の流れに悪影響を与えることがあります。さらに、心臓や肺の働きにも悪影響を及ぼすため、最初の出血でおよそ3分の1の人は、たとえ病院に搬送されても手の施しようがなく、亡くなってしまいます。残る3分の2の患者さんについても、そのまま放っておくと、再出血といって2度、3度と出血を繰り返してしまい(1回の再出血によって2分の1の人が亡くなるといわれています)、結局命を救えません。ですからクモ膜下出血が疑われたら、急いで救急車などで専門施設を受診していただき、なんとかこの再出血を食い止めなければなりません。

症状

クモ膜下出血を疑う症状は、まず、突然の激しい頭痛、もしくは意識障害で、頭痛に関しては、今まで経験したことがないような激しいもので、明瞭に何時何分に起こったかがわかる程に突然発症するものが特徴的であるといわれています。その他、噴水状ともいわれる激しい嘔吐や嘔気などもよくみられる症状です。これらの症状があったら直ちに専門施設を受診していただき、迅速な診断、処置、治療を受けることが大事です。

診断

診断にはCTがたいへん有効で、発症24時間以内の診断率は92%であるとされています。 クモ膜下出血の診断がついたら我々は、患者さんに対する侵襲をなるべく避けて、血圧や呼吸を管理し、鎮静剤や鎮痛剤を使って再出血の危険性を下げるようにします。次いで原因となった脳動脈瘤を見つけて(カテーテル検査や3次元CTなどによって)これに対する治療を行います。

治療

脳動脈瘤の治療としては脳動脈瘤クリッピング術と脳動脈瘤コイリング術の二つが代表的です。破れた脳動脈瘤の場所や形、大きさなどによって二つの方法を使い分けることが理想的です。 治療によって再出血を予防できたとしても、クモ膜下出血の治療はまだ終わりません。 少なくとも2~3週間はさまざまな合併症に対峙しなければなりません。 代表的な合併症が脳血管攣縮といって、脳の中の多くの動脈が細くなることによって脳への血の流れが悪くなるものです。これが高度になると脳梗塞を引き起こして意識障害や麻痺などを呈したり、ひどい時には亡くなってしまうこともあります。原因はまだ不明ですが脳血管の周りに存在する血液が悪さをするので、これをできるだけ洗い流すようにしたり、いくつかのお薬を使い、さらにはカテーテル治療によって対応しています。 また水頭症といって頭の中に水がたまってしまう合併症も時おり見られます。水頭症に対してはシャントという手術を行って治療することがあります。
脳動脈瘤の多くは嚢状といっていわゆるコブ状のものですが、その他に解離性動脈瘤といって動脈の壁が裂けてできたものがあり、やはりクモ膜下出血を引き起こすことがあります。解離性動脈瘤は嚢状動脈瘤よりもさらにクモ膜下出血急性期に再出血する危険性が高く、より迅速な治療が求められます。このタイプの動脈瘤に対しては、動脈の裂けた場所(解離部)を閉塞してしまう、トラッピングという治療が行われます。
我々は、内頚動脈に発生したこの解離性動脈瘤破裂によるクモ膜下出血に対して急性期に内頚動脈トラッピングを行い、さらに閉じた内頚動脈の代わりに腕の動脈(橈骨動脈)を移植する橈骨動脈(RA)グラフト術(radial artery graft)を行っています。このRAグラフト術は大型、巨大内頚動脈流の治療に用いることも多くあります。

橈骨動脈 グラフトの図

橈骨動脈 グラフトの図

未破裂脳動脈瘤

診断、検査

未破裂脳動脈瘤 未破裂脳動脈瘤の診断の多くは、脳ドック、または頭痛などの神経症候を精査する目的で行われたMRI、MRA、3D CTAなどによってなされます。MRA、3D CTAの感度(sensitivity)は76~98%、特異度(Specificity)は85~100%と言われています。

脳動脈瘤の大半を占めるのう状動脈瘤の発生機序はいまだ不明ですが、おそらく動脈の中膜欠損という先天的な要因に血行力学的な負荷が加わって、動脈の壁がこぶ状にふくらんでいくことによって発生すると考えられています。血行力学的な負荷が大きな発生要因であるという根拠として、この動脈瘤が、比較的太いウィリス動脈輪近辺の動脈分岐部に多くみられるという事実があります。好発部位は、前交通動脈30%、ついで内頚動脈後交通動脈分岐部25%、中大脳動脈分岐部15%です。脳ドックでは、こういった場所を中心にして動脈瘤の検索を行います。2mm程度以上の大きさであれば通常のMRAでも十分発見できます。

未破裂脳動脈瘤は一般的には無症候性で、何の症状も呈しません。しかし、巨大血栓化脳動脈瘤などでは血栓による脳梗塞で発症したり、圧迫による神経症状、たとえば、視力、視野障害や外眼筋麻痺による複視、手足の麻痺や構音障害、嚥下障害などで発症するものもあります。これらの症候の出現は脳動脈瘤拡大の警告サインであることとともに、いくらCT上クモ膜下出血が認められなくても、わずかな出血(minor bleeding)が起こった可能性も否定できず、こういった症候性のものは、急性期の積極的な治療の対象となると考えられます。

未破裂脳動脈瘤

治療の適応

未破裂脳動脈瘤を治療する目的は、症候性のものを除けば、そのほとんどがクモ膜下出血を予防するためと言い切って良いと思います。ですから、絶対に破れない脳動脈瘤に対しては何の治療も必要ないわけです。反対に、絶対破れる脳動脈瘤であれば、未破裂の状態で治療をした方が格段に治療成績は良いので、早いうちに治療すべきです。しかし、実際には、見つかった脳動脈瘤が、今後破れるのかどうかを正確には予測することはできません。

未破裂脳動脈瘤の自然歴、具体的には年間出血率については、これまで種々の報告があり、わが国でも年間1.9~2.7% と言われています(UCAS Japanでは0.9%/年)。しかし、さまざまな種類の動脈瘤の平均をとった数字にはあまり意味がありません。未破裂脳動脈瘤は一様ではなく、破れやすいものから破れにくいものまで多種多様なのです。 未破裂脳動脈瘤が破れやすいかどうかを判断するための大きな要素としては、まず、その動脈瘤の大きさと場所が挙げられます。なんといっても動脈瘤は、大きいものほど破れやすいことは間違いありませんが、同時にその発生場所が大きな要素となります。動脈瘤が発生した場所のおおもとの血管を母血管といいますが、これが太いものにできた動脈瘤と細い母血管にできた動脈瘤とでは、たとえそのサイズが同じでも、膨張率から考えて、その動脈瘤の壁の厚さには違いがあるはずです。当然、細い母血管にできた動脈瘤ほど膨張率が高く、その壁は薄く、破裂しやすいと考えられます。たとえば動脈瘤の好発部位である頭蓋内内頚動脈の直径の平均値は約5mmですが、前交通動脈の直径は約2.6mmとその半分しかありません。ですから、おなじ大きさの動脈瘤であれば、内頚動脈瘤よりも前交通動脈瘤の方が破れやすいということになります。未破裂脳動脈瘤が破れやすいかどうかを判断するためのもうひとつの要素として、動脈瘤の形があります。形がツルッとしてまん丸であるものと、いびつなものとでは、いびつなものの方が破れやすいと考えられています。いびつであるということは動脈瘤の壁に薄いところがあってこれが一部ふくらんでいることを示すことが多いからです。

破裂をきたしやすい動脈瘤側の要因である瘤の大きさ、場所とその形以外に、クモ膜下出血を起こす患者さん側の危険因子として、高血圧、喫煙、一時の大量の飲酒、家族歴などが挙げられています。したがって、禁煙や禁酒、内科的加療を行うことはもちろんですが、これらの危険因子の存在は脳動脈瘤の外科的治療の適応に影響を与えます。 また、治療適応に係わる患者さん側の要素として、年齢や健康状態などの背景因子の他に、患者さん自身の性格も挙げられます。脳動脈瘤の存在を知っただけで心配で日常生活が萎縮して、うつ状態に陥ってしまうような人に対しては積極的に治療を考慮することもあります。 さらに、各々の動脈瘤によって予想される治療難易度はさまざまであり、これと、その施設における治療レベルを突き合わせて治療適応を決定すべきであることは言うまでもありません。

外科的治療を行わない場合、すなわち内科的に経過観察する場合には、危険因子としての喫煙や大量の飲酒を避け、高血圧を治療することに加えて、半年から1年に一度の画像による経過観察を行うことが望まれます。

治療

治療には大きくわけて二つあります。ひとつは主にクリッピングを中心とする開頭術です。頭を開くということは、やはり患者さんにとっては抵抗のあることですが、最近は無剃毛で行っており、美容上の問題はほとんどありません。開頭術では、大型の血栓化動脈瘤や巨大動脈瘤に対しても、脳血管バイパス術を併用することにより、比較的安全に治療することができるようになってきました。一方、カテーテルによるコイリングは、なんといっても非侵襲的であることが最大の利点です。しかし、動脈瘤の形や場所によっては治療が困難なものがあり、血栓化のあるものや巨大脳動脈瘤については原則、適応外です。このように、これら二つの治療方法には、各々、長所、短所があるので、それぞれの動脈瘤の特徴に合わせてこれらを使い分けることが肝要です。

いずれにしても未破裂の動脈瘤に対するということは、あくまで予防的な治療ですから、無理をしないことを肝に銘じて我々は治療にあたっております。それでもなお、穿通枝障害による脳梗塞などの合併症は確実に存在します。したがって、未破裂脳動脈瘤を治療すべきかどうかは、その動脈瘤が破れやすいものなのか、破れにくいものなのかという観点に加えて、治療によるリスクが高いのか、それとも低いのかという二つの要素のかね合いで判断するものだと言えます。

まとめ

未破裂脳動脈瘤がみつかったら、まず、高血圧、喫煙などのクモ膜下出血の危険因子をチェック、指導すること。動脈瘤のサイズが小さくて形の整ったものであれば、破れる危険性が低いと判断して、年に1回程度のMRAなどによる経過観察とすること。形が不整であったり、比較的大きなものについては、信頼できる脳外科の専門施設へご相談いただきたいと思います。

クリッピング術の図(左クリップ前 右クリップ後)

クリッピング術の図(左クリップ前 右クリップ後)

外科的治療の適応を考えるもの
1. 動脈瘤側の要因
A. 大きさ5~7mm以上のもの
B. 5mm未満であっても
 a) 症候性の動脈瘤
 b) 後方循環、前交通動脈瘤、内頚動脈-後交通動脈瘤
 c) Dome neck aspect比が大きい、不整形、ブレブを有するもの
 d) 多発性のもの
2. 患者側の要因
高血圧患者
喫煙者
クモ膜下出血の家族歴のある患者
心配性で日常生活が萎縮してしまう患者