下垂体腫瘍

下垂体腫瘍と治療について(かすいたいしゅよう)
Pituitary adenoma

もくじ

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「脳下垂体」という名称は/脳下垂体はどこにあるのか

 前葉のホルモン/後葉のホルモン

 腺腫(アデノーマ)

 代表的な脳下垂体腺腫/下垂体全体に共通した症状

 画像診断/内分泌学的検査法/眼科の検査/耳鼻科の検査

 入院のスケジュール

 経鼻的(経蝶形骨)下垂体手術/経鼻的内視鏡下手術/開頭手術

 放射線療法/薬物療法

 退院時点/退院後2週間目の外来/外来における定期的検査

 脳下垂体腫瘍の治療

1. 脳下垂体とは?

「脳下垂体」という名称は

肝臓、腎臓等と違って、日常ほとんど聞き慣れない言葉だと思います。これは、読んで字のごとく、「脳からぶらさがっている器官」のことで、実際は脳の下面と細い茎(これを下垂体茎といいます)でつながっているため、このように呼ばれます。

脳下垂体はどこにあるのか

脳下垂体はどこにあるのか?とよく聞かれますが、およそ首から上のいわゆる頭蓋骨のほぼ中心に位置します。別のいい方をすれば、眉間の奥7cm前後のところにあります。
脳下垂体のすぐ中上には左右の視神経とその交叉部があります。また、脳下垂体の左右には海綿静脈洞という太い静脈があり、その中を内頸動脈という太い動脈や眼球を動かす神経などが走っています。正常な脳下垂体は 「女性の小指の先端」くらいの大きさで、重さは1gもありません。 これはさらに前葉後葉の2部に分かれており、前者が大きな容積を占めています。

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2.脳下垂体の働き

一ロでいうと、全身のホルモン(内分泌)の中枢です。前葉、後葉ともに多くの支配ホルモンを分泌していますが、そのうち特に重要なものを挙げてみます。

前葉のホルモン

(1)成長ホルモン

小児期から思春期にかけて、手足や内臓の成長を促します。成人になると大きな意義はなくなりますが、最近、性欲・意欲・体脂肪に関連するといわれています。

(2)プロラクチン

分娩後に乳汁を分泌させる働きをします。また、このホルモンが多量に分泌されている間は月経は止まっています。男性や産褥期以外の女性では大きな意義はありません。

(3)甲状腺刺激ホルモン
(4)副腎皮質刺激ホルモン

甲状腺や副腎に命令して、おのおののホルモンを分泌させる働きをします。男女とも生涯必要です。

(5)性腺刺激ホルモン

これには2種類あり、それぞれ卵胞刺激ホルモン、黄体化ホルモンといいます。男性では睾丸を女性では卵巣を支配し、おのおの性ホルモンの分泌を促します。さらに、精子や卵子の正常な発育にも重要なホルモンです。

後葉のホルモン

(1)抗利尿ホルモン

腎臓に働きかけて尿量を少なくする働きをします。男女とも生涯必要です。

(2)子宮収縮ホルモン

分娩時に子宮を収縮させます。これ以外には通常男女とも大きな意義はないようです。

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3. 脳下垂体の腫瘍

腺腫(アデノーマ)

脳下垂体には数種類の腫瘍が発生しますが、その大半は腺腫(アデノーマ)と呼ばれる良性の腫瘍です。一般に、脳腫瘍は年間10万人に15例程度発生するといわれています。その約17%が脳下垂体腺腫ですから、この腫瘍の年間発生率は入口10万人に2〜3 例ということになります。つまり入口約1,000万の東京では、年間約250例の下垂体腺腫が発生することになります。

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成人にみられる腫瘍で、主に20〜60歳で発症します。老人にも時にみられますが、15歳未満では極端に少なくなります。
またよくその原因をたずねられますが、食事等の日常の身近なことは原因にはなっていません。ただし、原因とはいえないまでも、個体の内分泌学的な環境の変化、例えば妊娠、分娩、経口避妊薬ホルモン療法等が多少の影響を与えていることは確かなようです。遺伝的要素はありません。

脳下垂体腺腫の年齢性別分布

脳下垂体の近傍には、腺腫以外にも頭蓋咽頭腫ラトケ嚢胞胚細胞腫髄膜腫といった様々な腫瘍が発生します。これらは腺腫と似たような症状を示しますが、CTスキャンやMRI等の画像診断で鑑別が可能です。

4.脳下垂体腺腫の種類と症状

脳下垂体腺腫には、それ自体がホルモンを出す腫瘍と、出さない腫瘍があります。さらにホルモンを分泌する場合、どのようなホルモンかによって当然症状が異なります。

代表的な脳下垂体腺腫

(1)ホルモン非分泌性腺腫

約4割はこの腺腫であり、腫瘍自体はホルモンを分泌しません。そこで症状としては、後に述べる全ての腺腫に共通した症状が主体になります。この腺腫では、一般に腫瘍がかなり大きくなってから発見されますが、最近では脳ドック等で偶然診断される例も増えています。

(2)プロラクチン産生腺腫

下垂体腺腫の約3割を占めます。プロラクチンが多量に分泌されることにより、女性では無月経となり、よく調べると乳汁分泌のあることがわかります。男性の場合も性欲低下、インポテンツとなります。事の性格上、女性の方が早期に発見され、より小さな腺腫を診断することが出来ます。これはマイクロアデノーマと呼ばれ、ほぼ全て成人女性例です。このマイクロアデノーマは女性不妊症の重要な原因の一つです。一方、男性の場合は大半が視力や視野の異常で発見されます。

(3)成長ホルモン産生腺腫

2割強の腺腫が成長ホルモンを分泌します。思春期に発症した場合は、身長や手足が異常に伸びいわゆる巨人症となります。
一方、成長してから発症した場合は、先端巨大症となります。これは手足の先端、額、あご、くちびる、舌等が肥大することで指輪やクツのサイズが合わなくなってきます。そのため顔つきは数年間でかなりかわってしまいます。成長ホルモンが長期間異常値を示していると、糖尿病、心不全、動脈硬化症や直腸癌等を合併し寿命が短くなります。

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(4)副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫

これはクッシング病とも呼ばれ、珍しい下垂体腺腫です。筆者のシリーズでは、下垂体腺腫の約8%を占めるに過ぎません。
若年〜中年の女性に多く、肥満が特徴です。特に、顔は満月様に丸くなり、手足に比べて胸・腹といった体幹部が太ります(中心性肥満)。ニキビが出やすく、体毛が濃くなり、下腹部等に青紫色の皮膚線条がみられます。骨粗鬆症が強く出たり、精神的にうつ状態を示す場合もあります。検査をすると、高血圧や糖尿病を高率に伴っています。このクッシング病の腺腫の多くは、きわめて小さなマイクロアデノーマと呼ばれる腫瘍です。

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下垂体腺腫全体に共通した症状

(A)下垂体機能低下症

脳下垂体は元来小指の先くらいの小さな臓器ですので、ここに腫瘍が出来るとその正常な機能が失われます。ホルモン産生腺腫では、腫瘍が分泌するホルモンはむしろ異常に高いわけですが、その他のホルモンの分泌は低下します。
具体的な症状としては、女性で月経不順ないし無月経、男性で性欲低下、インポテンツが挙げられます。これは先に述べた性腺刺激ホルモンの不足が原因しています。
さらに、疲れやすくなり、いわゆるスタミナ不足となります。これは副腎皮質刺激ホルモン甲状腺刺激ホルモンの不足のためです。その他、強い肉体的ストレス(例えば、大怪我や急病)が生じた場合、ショック状態から立ち直れない場合があります。これは副腎皮質刺激ホルモンの分泌不全に由来します。

(B)視力や視野の異常

腺腫が大きくなり、脳の方へ成長してくると視神経を圧迫し始めます。するとまず両眼の上外側からみえにくくなってきます。この段階では患者さんは未だ異常を自覚しないことが多いのですが、さらに進めば、両眼の外側半分が全くみえなくなります。これを両耳側半盲と呼び、大きな脳下垂体腺腫の典型的症状です。この頃から少しずつ視力も低下してきます。

5.脳下垂体腺腫の検査と診断法

脳下垂体腫瘍に関する検査は大きく画像診断(レントゲン検査)と内分泌学的検査法(ホルモン検査)に分かれます。

画像診断

(1)頭部のレントゲン撮影

腫瘍の大きさがおよそ1cm以上になってくると、脳下垂体のハレが通常のレントゲン撮影でもわかってきます(下図の矢印)。しかし、これだけでは確実な診断はできません。

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(2)CTスキャン

(1)は脳下垂体を包んでいる骨の変化を調べるもので、いわば腺腫の間接的な診断にすぎません。
一方、CTスキャンは腺腫自体を描出できますので、その正確な大きさと拡がりを知ることが可能です。造影剤を点滴する前と後とで2回検査を行い、その差を調べます。この際、まれに造影剤によってじんましん等アレルギー症状を示す方がいます。

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(3)MRI

磁気共鳴画像法のことで機械はCTスキャンと外見が似ていますが、放射線を使いませんのでドックの検査によく用いられます。
骨の影響が入らず実質部のみが観察出来ること、自由に断層面が得られること等が通常のCTスキャンに比べて優れています。また、腺腫とその周辺の組織(動脈や視神経等)の関係が一目でわかりますので、目下最も有用な検査です。
この検査でも造影剤を使いますが、MRIの検査自体は全く苦痛はありません。

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(4)海綿静脈洞撮影

脳下垂体の左右には海綿静脈洞という太い静脈があり、これにはかなりの個人差があります。手術に際してその位置関係を知っておくことと、その周辺から得た静脈血のホルモン値を測定することが主な目的です。
大腿部の静脈から細いカテーテルを挿入して検査します。ただし、この検査はほとんどの場合、クッシング病を疑っている患者さんに対して行ない、海綿静脈洞サンプリングと呼ばれています。

内分泌学的検査法

ホルモンの検査法には、腺腫により過剰に分泌されたホルモンの評価という面と、腺腫のために分泌低下状態にあるホルモンの評価という面があります。
前者に関しては、先に述べたようにプロラクチン成長ホルモン副腎皮質刺激ホルモン等を分泌する腺腫が知られており、これらホルモンの測定が直接診断につながります。また、その分泌動態を知るためにさまざまな刺激テストや抑制テストを行います。
一方、後者に関しては、分泌低下状態のホルモンの刺激テストを行います。元来が血清(血液の上清)1cc中にng(ナノグラム=1mgの百万分の1)という単位で含まれる微量なホルモンですから単に1回採血しただけでは減少しているのか否かは判断できません。
そこで、これらホルモンを分泌刺激する物質を投与(注射または内服)し、以後15〜30分毎に数時間採血をします。おのおののホルモン含量を調べ、その変化をみることが大切です。これらの内分泌学的検査を手術前に5種類ぐらい行います。

眼科の検査

視力、視野、眼底の精密検査をします。

耳鼻科の検査

経鼻的手術を予定している場合は、鼻やその奥の副鼻腔に炎症所見や異常がないかをチェックします。

6.入院が必要となった場合

入院のスケジュール

脳下垂体腫瘍の手術治療を目的とする場合、入院期間はおよそ3週間です。
手術前には、1週間をかけて先に述べたさまざまな検査を行います。但し、事前の内分泌的な検査が不十分な場合は10日間程かかることもあります。また、看護師の側から、特に経鼻手術に関しては特別な注意や訓練が行われます。例えば、うがいの励行や鼻腔内のパックの練習等です。
手術後は、手術の内容や個人差にもよりますが、早い人では翌日から、遅くとも4〜5日目頃から歩行可能となります。手術後1週間くらいは、さまざまな注射があったり、手術自体の影響が残っていますが、2週間目にはこれらもほとんどなくなります。そこで手術後のホルモン検査(手術前のそれを若干簡便にしたもの)を行います。
以上より、全て順調に運べば手術後14日前後で退院できるわけです。

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7.脳下垂体腫瘍の手術

手術法には大きく分けて経鼻的手術開頭手術の2通りがあります。
どちらを選択するかは、腫瘍の進展方向や大きさ、術者の慣れや好み等いろいろな条件があります。筆者たちは、脳下垂体腺腫との診断がついた場合、大半の例で経鼻的手術第1選択としています。
どのような小さな手術でも、全身麻酔をかけてこれを行う以上、100%絶対安全というものはありません。
しかし、この経鼻的下垂体手術は経験の豊かな医師が行った場合、あらゆる脳外科の手術のなかでも特に安全な部類に属するものであると思います。
一般に、経鼻的手術には約2時間開頭手術には約5時間を要します。しかし、手術前の準備および手術後の麻酔からの覚醒等を含めると、手術室入室から退室までには経鼻的手術でも4時間ぐらいかかるのが普通です。
以下におのおのの手術のあらましを説明しましょう。

経鼻的下垂体手術(経蝶形骨下垂体手術)

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正確には、経蝶形骨下垂体手術といいます。
まず、上の前歯の付け根の口腔粘膜を横に2cm程度切開し、鼻腔の裏側に相当する部分に入ります。鼻の粘膜を左右に圧排し、特殊な鼻鏡を挿入します。
ここで、手術用の顕微鏡をセットし、蝶型骨洞という副鼻腔(鼻の奥の骨に囲まれた空間)を開きます。その粘膜や隔壁を除くと、脳下垂体の直下に到達出来ます。そこで薄い骨の壁を開くと、脳下垂体(および腫瘍)が硬膜という比較的しっかりした膜に包まれてでてきます。
この硬膜を切開し、腫瘍を摘除します。この際正常の下垂体組織は腫瘍の周辺に圧排されて残存しており、これと区別しながら腫瘍を選択的に摘出することが可能です。

この手術の特徴

腫瘍を十分摘除したら、空虚となったスペースに筋肉片や脂肪片をパックします。これらは通常右の大腿部から採取します。その後、脳下垂体の底部を小さなセラミック片でふさぎ、手術用の接着剤で固定します。
鼻鏡を外して口腔粘膜を縫合し、鼻腔内を抗生物質付ガーゼで十分パックします。口の中を縫合した糸は抜糸せず、自然に脱落するのを待ちます。これには約1か月かかります。

  1. 右大腿部の小さな創は別として、首から上に手術創が残らないこと、
  2. 腫瘍と正常組織が区別でき、腫瘍のみの選択的摘出が出来ること、
  3. 開頭手術に比べ、脳や全身に対する負担が少なく、高齢者や状態の不良な方でも手術が可能であること、
  4. 剃髪が不要であるため社会復帰が早いこと等が挙げられます。

一方、この手術法の欠点ないし限界は、

  1. 腺腫の摘出中、髄液(脳表面を循環している水)が手術野に流出してくることがあります。それ自体は特に問題ではないのですが、これは頭の中と鼻(つまり外界)とが交通したことを意味し、血液や鼻の細菌が頭の中へ入りうることも考えられます。そのため、先に述べたような腺腫摘出腔のパックや固定を行うのですが、それでも不十分な場合がまれにあります。手術後に鼻から髄液のもれ(これを髄液鼻漏といいます)が続いた場合は、再度手術を行ってパックをしなおさねばなりません。この合併症の頻度は1%弱です。
  2. 特別に硬い腫瘍や、特異な発育形態をとる腫瘍の場合は、この手術法では十分な腫瘍の摘出ができないことがあります。その理由の一つは、この手術法の術野が深くかつ狭いためです。こういう場合は、後日、2度目の経鼻手術もしくは開頭手術を追加しなければなりません。

経鼻的内視鏡下手術

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最近数年来の傾向として、この経鼻的下垂体手術内視鏡下に行う手技が普及・安定してきました。
左右どちらかの鼻孔から内視鏡を蝶型骨洞(前出)直前まで挿入し、ここに小さく粘膜切開と骨窓を作り、内視鏡を蝶型骨洞内に進めこれを固定します。
以後の手技は基本的に顕微鏡の手術と同様ですが、内視鏡手術では手術野が広く明るい上、顕微鏡手術の死角の部分も十分観察できます。
しかし、これはあくまでモニターの画面で見えているだけで、本来到達しにくい場所の腫瘍を摘出するにはかなりの熟練と特殊な手術道具が必要です。
内視鏡手術も全国的に普及してきており、安全かつ確実な手術方法になってきております。

開頭手術

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この手術の特徴

多くの場合は、右前頭側頭開頭術を行います。
まず、額の髪の生え際に沿って右前頭側頭部に皮膚切開を行い、皮膚を翻転します。額の骨(前頭骨)を露出し、これに小開頭を加え、さらに脳を覆っている硬膜を切開します。
以上の操作で右の前頭葉と側頭葉と呼ばれる脳がみられ、この両者のすき間から手術用の顕微鏡を用いて下垂体部に到着し、腫瘍の摘出をします。
この場合、腫瘍の近傍には視神経や内頸動脈が直接みられます。腫瘍の摘出が終われば、硬膜を細かく縫合して、骨弁を元に戻して頭皮を縫合します。
この際、骨と硬膜の間にドレーンという管を留置し、血液の貯留を防ぎます。このドレーンは、手術後2〜3日以内に抜去します。

  1. 経鼻的手術に比べ術野が広く硬い腫瘍や頭蓋内に大きく広がった腫蕩にも用いることが出来ること、
  2. 頭蓋内に何らかの合併病変がみられる場合に、同時に処理することも可能であること、等が挙げられます。

一方、この手術法の欠点としては、先に経鼻的手術の長所として述べた面の裏返しとともに、下垂体内に限局する小さな腺腫は手術出来ないこと、手術後にまれにけいれん発作を来す可能性があること等です。

8.手術以外の治療法

脳下垂体腺腫に対する手術以外の治療法ないし手術後の補助療法としては、放射線療法薬物療法があります。

放射線療法

脳下垂体腺腫に対して放射線療法は有効な治療法ですが、本療法のみを単独で行うことはまずありません。
手術後に残存腫瘍がある場合、これが少量でかつ視神経から離れている場合はガンマナイフという照射法が優れています。
これは弱い放射線の束を頭の周囲から照射し、病変部に強く焦点を結ぶように工夫された装置です。治療自体は 1日で済み、入院は2泊3日程度です。
一方、広い範囲に浸潤性に残存している腫瘍には通常の放射線療法(少量分割照射、5〜6週間必要)を行います。

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薬物療法

脳下垂体腺腫に対する薬物療法というと、腺腫が分泌している異常なホルモンをおさえるための治療法と、脳下垂体機能低下を補う治療法がありますが、ここでは前者についてのみ述べてみます。
ホルモン産生腺腫のおのおのに対しては、効果が比較的乏しいものから著効を呈するものまでさまざまな薬物療法が知られています。このなかで、現在もっとも確実な治療効果が得られるものとしては、プロラクチン産生腺腫に対するプロモクリプチンなどのドパミン作動薬という薬です。
ドパミン作動薬は、プロラクチン産生腺腫の大半と、成長ホルモン産生腺腫の約1/3に著効を示します。そのため、これらの腺腫では腫瘍が小さな場合や手術後の残存腫瘍に対して放射線療法は行わずドパミン作動薬を投与します。

この薬を服用すると、血液中のプロラクチンや成長ホルモンは減少し、プロラクチン産生腺腫では腫瘍の縮小もみられます。この薬の重篤な副作用はまずありませんが、服用を開始してしばらくの間は、吐き気や立ちくらみ、便秘等がしばしばみられます。
そのため、ごくわずかの量から始め除々に増量していく投与法をとることが多いようです。 また、成長ホルモン産生腺腫に対しては、オクトレオチドという注射薬が効果的です。これを用いると約9割の患者さんで成長ホルモンが低下し、約6割の方は正常値まで下がります。
以前は1日に2〜3回皮下注射(自己注射可)しなければなりませんでしたが、今では1か月に一度筋肉注射 すればよいという製剤もあります。

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9.退院後の日常生活

退院時点

手術後は順調な経過ですと2週間前後で退院することができます。
ただし、引き続き通常の放射線療法を行う場合は、これに5〜6週間を加える必要があります。 退院時点で2週間分の薬が出ますが、多くの場合このなかには副腎皮質ホルモンと甲状腺ホルモンが含まれています。
これらのホルモン薬はいずれも維持量といってもごく微量ですので副作用はまずありません。しかし、下垂体機能の低下がある限り、かなり長期的に服用する必要があります。

退院後2週間目の外来

退院後2週間目に外来に来て頂きますが、この頃をめどに会社や社会で働き出せばよいと思います。 通常の社会生活では、先に述べたようなホルモンの維持療法で十分ですが心身に極端なストレス(急病、大怪我、手術等)が加わった場合は特別な注意が必要です。
すなわち、健康体ではこういう場合、生体防御のためにきわめて大量の副腎皮質ホルモンが分泌されます。
しかし、下垂体機能が低下している患者さんにはこの働きがないか、または不十分です。そこで、こういう場合は注射によって大量のホルモンを補う必要があります。

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脳下垂体は全身のホルモン臓器の中枢ですので、腫瘍そのものは治療しても日常生活や人生においてさまざまな問題をもたらします。
例えば、月経異常、性欲の低下、夫婦生活の問題、挙児希望の問題、スタミナ不足等どれ一つをとっても個人の生活にとって重要な問題です。著者らは、婦人科医や泌尿器科医と協力して、患者さんの年齢、性、婚姻状態、身辺の事情に応じた相談や治療を行っています。
また、最近の話題として成長ホルモンの補充が重視されてきています。成長ホルモンを少量補うことにより内臓脂肪の減少と共に、意欲や性欲といった基本的な体力面の改善を目指します。

外来における定期的検査

外来における定期的な検査としては、時々のホルモン検査および年1回程度のMRIがあります。これらの検査は手術後早期(1年以内)には比較的頻繁に行ないますが、その後安定してくれば年1回くらいとなります。
脳下垂体腺腫は全くの良性腫瘍ですが、まれに再発することもありますので、これらの検査は必ず受けるようにしてください。

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10.おわりに・・・

脳下垂体腫瘍の治療

脳下垂体腺腫は、全くの良性腫瘍ですので、これを診断されたからといって悲観することはありません。
適切な治療を行えば、ほとんど全ての方が健康な社会生活や家庭生活を営むことができるようになります。
脳下垂体腺腫の治療は大きく分けて、腫瘍に対するそれとホルモン異常に対するそれがあります。 前者は、手術が主体で、一部の患者さんには放射線療法や薬物療法を加えます。
手術には若干の苦痛が伴いますが、いずれにせよこれは一時的なものです。
一方、後者は、薬物によるホルモン療法ですが、実際の生活に大きく関与してくるのはむしろこちらの面といえます。そのため後者については手術後も年余にわたって気長に根気よく治療することが必要です。
脳下垂体腺腫の治療体系において、手術は重要な位置を占めますがその第1歩にすぎません。
筆者たちは脳下垂体疾患を専門とする脳外科医として、手術と同程度ないしそれ以上に術後の長期的なホルモン療法を重視しております。
ベテランの外来看護師や病院事務の人達は口をそろえて「下垂体外来へ来る患者さんはみんな明るいですね」といいます。
実際、若干のホルモン治療をしていることを除けば、健康体と変わらない方が大半ですので当然といえば当然の話です。
最後に繰り返して申しますが、脳下垂体腺腫は予後の良好な病気です。治療に向けての強い意欲をもち、私共専門医と一緒にこの病気の治療にとりくみましょう。

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