治療

乳癌の治療は大きく局所療法と全身療法の二つに分類されます。それぞれの治療は相補的に力を発揮しますので、どちらの治療もおろそかにできません。例えば、大きく切除すれば全身治療は必要ない、全身治療をするから手術は必要ない、そういう考えは正しいものではありません。

局所療法

全身療法

局所療法

局所とは一般に乳房、大胸筋および小胸筋、腋の下(腋窩)のリンパ節を指します。局所療法は局所における乳癌の完全な消滅を目的とした治療であり、手術と放射線治療の二つからなります。

手術

手術は乳房切除術、乳房部分切除術の二つに分けられます。乳房切除術は乳房再建を考慮しない術式と、乳房再建術を考慮した術式に分けられ、後者には乳頭乳輪温存乳房切除術(Nipple sparing mastectomy)と皮膚温存乳房切除術(Skin sparing mastectomy)の二つがあります。

乳房切除術

全乳腺を切除する方法で、解剖学的に乳癌の完全切除が可能となります。手術後の放射線治療は原則としてリンパ節転移がなければ必要ありません。乳房再建術を希望される場合、次に述べる術式が薦められます。

乳頭乳輪温存乳房切除術

乳頭と乳輪、乳房皮膚を温存する術式です。この手術後にエキスパンダー(組織拡張器)を大胸筋下に入れる手術が行われます。エキスパンダーで十分に組織を拡張し、およそ6ヵ月以上経過した後に、インプラント(人工乳房)、または、自家組織(腹部や背部の脂肪など)を用いた乳房再建術が行われます。

皮膚温存乳房切除術

乳頭と乳輪を切除しますが、乳房の皮膚をできるだけ温存する術式です。前述した乳頭乳輪温存乳房切除術と同じく、手術後にエキスパンダーを大胸筋下に挿入し、エキスパンダーで十分に組織を拡張し、およそ6ヵ月以上経過した後に、インプラント(人工乳房)、または、自家組織(腹部や背部の脂肪など)を用いた乳房再建術が行われます。

乳房部分切除術

乳房温存術のことであり、乳癌の周囲に正常乳房組織をつけて、切除する方法です。切除断端に乳癌細胞がないことが手術の成功の必要条件となります。日本医科大学付属病院では、手術中に切除断端に乳癌細胞が存在するか否か病理検査で調べています。切除断端に乳癌細胞があれば追加切除を行うことが望ましいと考えられます。乳房部分切除術は術後に乳房全体に放射線治療を行うことが勧められます。放射線治療により乳房部分切除術後の生存率は乳房切除術後と同等であることが示されています。

放射線治療

手術を補う目的で行われます。乳房温存術を受けた方は乳房への放射線治療がほぼ必須と考えられます。一方、乳房切除術の場合、リンパ節転移がなければ放射線治療は必要ないと考えられます。しかし、リンパ節転移が陽性の場合、または腫瘍が大きい場合、乳房切除後でも胸壁への放射線治療が勧められます。

全身療法

局所療法と異なり、全身に存在するかもしれない小さな転移や既に見つかっている転移に対しての治療であり、薬物療法のことです。薬物は血流にのって全身に運ばれ、局所から遠隔臓器までのすべてに効果が認められます。ただし、脳には血液脳関門があるため、薬物が入りにくいと考えられます。薬物療法は、ホルモン療法、化学療法、分子標的薬物療法の3つに分類されます。

ホルモン療法

ホルモン療法は一言でいうとエストロゲンの作用を阻害する治療法のことです。保険承認されている薬剤を表に示します。

ホルモン療法

ホルモン療法は閉経前と閉経後でその治療内容が異なります。閉経前患者さんに認可されている薬剤としては、黄体化ホルモン分泌ホルモンアナログ{(ゴセレリン(商品名:ゾラデックス)、リュープロレリン(商品名:リュープリン)}とタモキシフェン(商品名:ノルバデックス)があります。
閉経前では卵巣からエストロゲンが分泌されるので、この分泌を止める薬剤が黄体化ホルモン分泌ホルモンアナログです。1か月または3か月に1回の皮下注射です。この薬剤を注射している間は月経が起こりませんが、注射をやめるとまた月経が再開します。薬剤ではなく、放射線治療や外科的卵巣摘出術が行われることもあります。また、化学療法も卵巣の働きを抑える働きがあります。
乳癌細胞にはエストロゲンレセプターというエストロゲンの受け皿があり、その受け皿にエストロゲンが結合すると乳癌細胞の増殖がおこります。エストロゲンレセプターにエストロゲンが結合することを阻害する薬剤がタモキシフェンです。タモキシフェンは臓器によってはエストロゲンと同じ作用を有する場合もあります。たとえば、骨には骨密度増加作用があり、子宮には子宮内膜増殖作用があります。したがって、Selective Estrogen Receptor Modulator(SERM)と呼ばれます。
閉経後、患者さんに認可されている薬剤としては、アロマターゼ阻害剤{アナストロゾール(商品名:アリミデックス)、レトロゾール(商品名:フェマーラ)、エキセメスタン(商品名:アロマシン)}とSERMです。SERMにはタモキシフェンに加えて、トレミフェン(商品名:フェアストン)も認可されています。トレミフェンはタモキシフェンとほぼ同じ構造式を有しており、ほぼ同等な効果を有していると考えられます。
閉経後では卵巣からのエストロゲンは分泌されず、したがって、血液中のエストロゲンは低値です。代わって、脂肪組織や筋肉に存在するアロマターゼという酵素によって、男性ホルモン(アンドロゲン)からエストロゲンへ変換されることでエストロゲンが供給されています。このアロマターゼという酵素を阻害する薬剤がアロマターゼ阻害剤です。3種類の薬剤が保険承認されており、それぞれの薬剤はほぼ同等な効果を有していると考えられます。
SERMであるタモキシフェンやトレミフェンに比べ、アロマターゼ阻害剤のほうが乳癌に対する効果が強いと考えられています。ただし、組織内のエストロゲンを低下させるので、骨密度低下、高脂血症、関節痛などの副作用があります。
再発患者さんに認可されている主な薬剤として、フルベストラント(商品名:フェソロデックス)、エチニルエストラジオール(商品名:プロセキソール)、メドロキシプロゲステロンアセテート(商品名:ヒスロンH)があります。
前述した黄体化ホルモン分泌ホルモンアナログ、SERM、アロマターゼ阻害剤は進行・再発乳癌に対しても用いられます。しかし、これらの薬剤の治療中に再発が認められた場合、薬剤に対して抵抗性を有していると考えられ、別の薬剤に変更する必要性があります。フルべストラントはエストロゲンレセプターに結合し、エストロゲンレセプターを消失させる薬剤です。よって、Selective Estrogen Receptor Downregulator(SERD)と呼ばれます。同じくエストロゲンレセプターに結合するSERMはエストロゲンレセプターの発現には大きな影響を与えません。フルべストラントはSERMと異なり、閉経後の患者さんに適応があります。
乳癌はエストロゲンで増殖しますが、逆にエストロゲンが有効である場合があります。ただし、閉経後の患者さんにのみ有効です。エチニルエストラジオールは合成エストロゲンであり、前立腺癌の患者さんに使われることが多い薬剤ですが、近年、再発乳癌にも有効性が示されています。
黄体ホルモンはエストロゲンの作用に拮抗する働きがあります。黄体ホルモン製剤であるメドロキシプロゲステロンアセテートは今まで述べた薬剤で効果がなくなった場合に用いられます。閉経前でも閉経後でも両方の患者さんに有効です。

化学療法

化学療法は細胞が増殖、分裂する際に働き、細胞を死滅させる薬剤です。乳癌細胞だけではなく、分裂を起こす細胞にはすべて作用し、毛髪や爪の細胞、白血球などの細胞の増殖も抑えてしまいますので、脱毛、爪の変形、白血球減少などの副作用が出現することになります。乳癌に保険適応となっている薬剤は多く、表に示します。
一般に術前、術後に乳癌患者さんの治癒を目的とした化学療法では、複数の薬剤が組み合わされて用いられます。標準的薬剤として、シクロフォスファミド:C、アンスラサイクリン(エピルビシン:E、アドリアマイシン:A)、フルオロウラシル:F、タキサン:Tがあり、それぞれの略語を用いて、AC、EC、TC、CEF、FEC-Tのレジメンとして用いられています。3~6ヵ月間の治療期間が一般的です。
化学療法はエストロゲンレセプターが陽性の乳癌に比べ、陰性の乳癌でより効果を発揮します。ホルモン療法と併用することは一般的でありませんが、テガフール・ウラシル、カペシタビン、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムとは併用することもあります。また、放射線治療と併用することは副作用の観点から避けるべきと考えます。

化学療法剤

分子標的薬物療法

分子標的薬剤として認可されているものを表に示します。

分子標的薬剤

トラスツズマブ、ペルツズマブ、ラパチニブ、T-DM1はHER2陽性乳癌に対して効果があります。このうちトラスツズマブは手術後1年間の治療が再発予防に有効であることが示されています。その他の3剤はすべて進行・再発乳癌に対して用いられます。ベバシズマブは血管新生阻害剤であり、パクリタキセル(化学療法剤)との併用で進行・再発乳癌に効果が認められます。エベロリムスはホルモン療法のエキセメスタン(アロマターゼ阻害剤)との併用で、ホルモンレセプター陽性の進行・再発乳癌に対して有効です。デノスマブは骨転移に対して破骨細胞の作用を抑えて効果を発揮します。