薬理学分野では、神経機能の基本機能単位であるシナプスからその統合体であるニューラルネットワークまで、神経活動に関る多層的な生命現象を研究対象として幅広く研究しています。そして、これらの機能が神経精神疾患においてどのように変化しているかを検討することによって、疾患病態の理解と新しい作用機序に基づいた薬物開発の基盤を創出することを目指しています。研究に用いる技法は多様で、電気生理学、分子生物学、生化学、組織学、行動薬理学およびヒト脳機能画像など様々な手法を組み合わせて、問題解決に取り組んでいます。

以下に現在行っている主な研究を紹介します。

  • 痛みの発症・維持機構の解明
    痛みは臨床において治療上大きな課題です。痛みは様々な原因で引き起こされますが、神経損傷や一部の抗がん薬などによっておきる神経障害性疼痛は、しばしば耐えがたく慢性化する難治性の痛みです。また、変形性関節症に伴う痛みは人工関節置換を強いる一因となっています。このような痛みが神経系のどのような変化によって発症し、いかに維持されるのかを、疾患モデル動物を作製して研究しています。主に末梢組織からの痛みの入力系である一次求心性神経に焦点を当て、タンパク質をコードしないRNA分子群(miRNAやlncRNA)の病態への関与を明らかにし、鎮痛薬の開発に応用することを目指しています。
  • 神経精神疾患病態の解明と治療法の開発
    脳の各部位は、それぞれ異なった役割を担っています。例えば、前頭前皮質は行動における意思決定や作業記憶形成、海馬は記憶、中脳背側縫線核は覚醒/睡眠や気分、小脳は運動の制御・学習等、それぞれ重要な脳機能に関与していると考えられています。従って、これらの脳領域の異常は、自閉症やうつ、注意欠如・多動症などの神経精神疾患と関連すると考えられていますが、未解明な点が多く残されています。さらに、神経精神疾患は症状が出現する好発年齢がありますが、発症まで脳内ではどのような変化が起きているのか、あるいは出生前と出生後の要因がどのように絡み合って発症に至るのかも判っていません。
    当分野ではこれまでに、マウスの行動と海馬神経系に与える影響を解析し、うつ病の治療薬や電気けいれん療法によって海馬の神経細胞が幼若化(若返り)することを示しました。
    また、ヒト自閉症スペクトラム障害でみられる染色体異常が遺伝子工学的に組み込まれたマウスにおいて、幼若期にセロトニン異常を補正することで成長後の社会性行動や電気生理学的指標が改善することを見出しています。
    このように、遺伝子操作や薬物を駆使して、ヒトでは調べることができない各脳部位の生理的機能や生化学的性質、あるいは行動について動物を用いて検討し、神経精神疾患病態との関連を探っています。特にシナプス伝達に対するアミン系神経伝達物質による修飾作用に焦点を当て、疾患の病態を明らかにするとともに治療薬開発の基盤作りをすることを目標としています。
  • 脳機能画像を用いた中枢神経作用薬の研究
    注意・情動・記憶・報酬といったヒトの高次脳機能は、神経精神疾患の病態や治療薬の薬理作用によって変動します。機能的磁気共鳴撮像法(fMRI)はこうした脳活動を秒単位で可視化することが出来ます。この手法を用いて、ヒト生体において中枢神経に作用する薬物が脳機能に及ぼす影響の評価を行っています。動物を使用した研究結果とも組み合わせ、疾患病態に関する理解を一層深めることを目指しています。