膵癌・膵腫瘍

1.膵臓とは

膵臓は胃の後ろにある長さ15-20 cmの細長く扁平な臓器です。右側の膨大した部分は膵頭部といい、十二指腸に囲まれています。左側は次第に細くなり体部と尾部となり末端は脾臓に接します。
膵液の量は1日約2.5 lに達し、消化酵素とHCO3―を含んでいます。消化液としての機能を有しています。

2.膵臓の腫瘍

膵管がん:
 一般的に膵癌と言われている疾患です。特異的な症状に乏しいですが、腹痛や糖尿病の新規発症、増悪の場合、膵癌の可能性を考慮して検査を行います。膵癌は78%が膵頭部に、残り22%が膵体尾部に発生します。糖尿病は膵癌患者の60-81%に認め、糖尿病診断後2年以内に膵癌と診断されることが多いといわれています。

膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN):
 膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)は膵管上皮から発生する粘液産生能の高い膵嚢胞性腫瘍です。腫瘍の大きさ、性状などによっては癌に移行する可能性があります。

その他膵臓腫瘍:
 SCN(漿液性嚢胞腫瘍)、MCN(粘液性嚢胞腫瘍)、NET(神経内分泌腫瘍)などがあります。

3.症状

特徴的な症状に乏しく、早期発見が難しい疾患です。進行して初めて腹痛や黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)が出現します。もともとある糖尿病が悪化したりすることにより発見されることもあります。

4.検査

膵疾患の診断には血液検査、超音波、CT、MRI、ERCP(静脈麻酔下に胃カメラを使って膵管を造影したり細胞を採取したりする)、EUS(静脈麻酔下に先端に超音波のついた胃カメラを使用して胃や十二指腸越しに腫瘍を超音波で観察したり穿刺して細胞を採取する)などが行われます。

血液検査:
 黄疸の数値はビリルビンで表されますが通常、2.0 mg/ml以上で肉眼的に黄色さを自覚、他覚されます。黄疸がある場合、治療に先立ち減黄処置(ERCPで胆管にチューブを留置したり、体表から直接肝臓を経由して胆管を穿刺してチューブを留置すること、場合によりステントを留置することもあります)が行われます。
血液検査ではCEAやCA19-9といった腫瘍マーカー(一般にがんの勢いなどを反映します)も測定しますが、早期診断にはあまり有用ではありません。

CT検査:
 放射線を用いて、体の細かい断層写真をとる検査です。腎機能が悪くなければ、造影剤を使用して撮影します。腫瘍の存在部位の確認だけでなく、門脈や肝動脈、肝静脈、胆管などの肝内脈管、周囲臓器との関係性を描出します。3D-CTを撮影して、立体的な位置関係を詳細に確認する事により、手術をより安全に確実に行う事が可能となっています。当院では手術に先立ち、すべての膵臓手術で3D-CTにより動脈や静脈の走行や膵臓との位置関係を3D構築して確認、シュミレーションを行っています。

内視鏡検査:
 胃カメラを用いて病変を直接観察したり、胆管や膵管を造影して細胞を採取したりします。診断的な意味と黄疸の治療としての治療的な意味があります。胆管内にチューブやステントを留置することで減黄を行います。黄疸がある場合、通常、化学療法や手術が行えるようになるまで減黄されるのには数週間ほどかかります。

5.治療

当院で行っている膵がんの治療法の主たるものは①膵切除、②化学療法(抗がん剤治療)の2つであり、病状により放射線治療などが考慮される場合もあります。当院では、外科だけでなく内科、放射線科とのミーティングを行いながら、患者さんに一番合った治療法を選択しております。

膵切除術:
 アプローチ法として大まかに腹腔鏡と開腹に分けられます。当院では術前に3D-CTなどを行って腫瘍の位置に応じた膵切除範囲を設定し、膵切除術のシミュレーションを行い、個々の患者さんに最も適した術式を選択します。術中には、エコーや迅速病理診断(顕微鏡でがん細胞の有無を観察する)なども行い、より安全で確実な手術を行っております。
また、手術可能な膵癌の患者さんに対しては基本的には手術の前に術前化学療法を行います。ゲムシタビン(注射剤)+S-1(飲み薬)を組み合わせた治療を2週間行い、1週間休み、これを1サイクルとして2回行います。その後再度CTなどの画像検査をして再評価します。ここで手術可能な場合、手術に移行します。 

①膵頭十二指腸切除術
 膵頭部に位置する腫瘍に対し行います。膵頭部は十二指腸や胆管と連続しているため、膵臓だけを切除することはできません。また、癌は一般的にリンパ節や神経に浸潤、転移するため、周囲のリンパ節や神経も一緒に切除します。切除後は、肝臓で生成される胆汁や、膵臓で生成される膵液を腸管に戻し、食物と一緒になるように消化管を再建する必要があります(下図参照)。また、膵臓の裏には門脈という肝臓へ流れる太い血管が接して走っています。がんがこの血管まで広がっている時には、一緒に切除してつなぎ直す(門脈合併切除、再建)操作が必要になります。

膵頭十二指腸切除術左膵頭十二指腸切除術中央膵頭十二指腸切除術右
《代表的な遠位胆管癌や十二指腸乳頭部癌の術式(膵頭十二指腸切除の例)》

合併症:
1.疼痛
 鎮痛剤で対応します。また、術前には手術室で硬膜外麻酔という背中から持続的に痛み止めの薬が入る管をいれます。

2.膵液漏
 膵液には脂肪、たんぱく質を分解する作用があるため、近くの血管を溶かして、出血の原因となることがあります。漏れた膵液が体外へ排出されるように、通常術中にドレーンという管を体内に留置しておきます。このドレーンからの排液をチェックし、膵液が漏れているかを確認します。漏れてなければ通常、4日目くらいでドレーンが抜去していきます。ドレーン抜去後に膵液漏が分かった場合、新しくドレナージ(体の中に管をいれて体外へ排出する)を必要となる場合があります。

3.動脈瘤
 主に膵液漏が原因で血管外膜の損傷から動脈瘤を形成する場合があります。術後7,14、21日目ころに造影CTを撮影し、動脈瘤の有無を確認します。動脈瘤が見つかった場合、鼠径部の動脈よりカテーテルを挿入し、血管塞栓術を行います。破裂した場合、約40%近い致死率になりますので、可及的に動脈塞栓、もしくは開腹止血術を行いますが、血圧が維持できずに止血処置を行えない場合もあります。

4.出血
 手術時に出血が多い場合には輸血をすることがあります。手術後に出血を認めた場合、再度開腹し止血することもあります。

5.縫合不全
 吻合部の治癒が不良で縫合不全をきたすことがあります。その場合、腸液が腹腔内に漏れて膿瘍を形成することもあります。保存的に治癒することもありますが、再手術が必要になることもあります。

6.胆汁漏
 切離した胆管を再建した場所で、吻合部から胆汁が漏れてしまうことがあります。通常ドレーンからの排出で軽快することが多いですが、新しくドレーンを留置する場合もあります。

7.胆管炎
 胆管と空腸との吻合を介して腸液が胆管に逆流することがあります。高熱や上腹部から背部の疼痛などを自覚します。抗生剤の内服や点滴で通常改善しますが、胆道ドレナージを要する場合もまれにあります。

8.下痢
 リンパ節郭清により膵臓周囲の神経叢を切除します。これにより術後に下痢になることがあります。

9.糖尿病
 膵臓には血糖値を調整する機能があります。膵臓切除後にはインスリンというホルモンの分泌低下から糖尿病になってしまったり、もともとの糖尿病が悪化したりすることがあります。

10.胃内容排泄遅延
 術後胃の動きの回復が遅れ、胃液や食物が長時間胃内にとどまったままになることがあります。最終的には自然に軽快しますが、胃の動きが回復するまで絶食にし、胃液を抜くためのチューブを鼻から留置します。軽快するまでは3週間から4週間ほどかかる場合があります。

11.その他
 肺炎、血栓症(脳梗塞、肺塞栓など)、腸閉塞、創部感染などがあります。


②腹腔鏡下膵体尾部切除術

腹腔鏡下膵体尾部切除術の写真

 最大のメリットは、腹壁の傷が小さくきれいな事、カメラで腹腔内を観察することによる拡大視効果(組織が詳細に観察できます)になります。その他にも手術中の出血が少ない、術後の創部痛が少ない、術後の入院日数が少ない、社会復帰までの期間が短いなど開腹手術に比べてメリットがある事が知られており、患者さんに優しい手術と考えられています。
 まず、お腹に小さな穴(5-15mm)を4-6か所ほど開け、手術器具を出し入れするポートといわれる筒を設置し、お腹の中を腹腔鏡で観察しながら、棒状の手術器具を挿入して行う手術法になります。
 手術操作を行うスペースを確保するために、二酸化炭素を用いてお腹の中を膨らませながら手術を行います。そして腹腔鏡で得られた映像はモニターに映し出され、手術室にいる全員で同じ映像を見ながら手術を行うことができます。
 細い血管は超音波凝固切開装置といわれる器具で、太い血管は専用のクリップを用いて、更に太い脈管には自動縫合器といわれる縫合と切離が同時に出来る特殊な器具で切離します。そして最後に切除した膵臓は、臍部の穴を少し広げるなどして体外に摘出します。
 途中、腹腔鏡下手術を継続する事が患者さんのメリットとならないと判断した場合は、用手補助下手術(手術を行う医師の左手を入れる傷を増やし、実際に手でサポートしながら腹腔鏡下で手術を行います)、開腹手術への移行を判断する事もあります。
 この手術では通常、脾臓も一緒に切除します。

          切除前               切除後

腹腔鏡下膵体尾部切除術_切除前切除後


化学療法(抗がん剤治療)
: 
 膵がんの全身化学療法では、近年、新しい薬剤が開発されています。一般的には、膵切除が行えない進行性の膵がんに対して施行されます。また通常、膵癌の手術では術前化学療法として2サイクル行い、その後に手術に移行します。手術可能か判断が難しい場合、何回か化学療法を行って効果を確認し、手術に移行できるか判断する場合もあります。内科と連携して行っております。

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